公益社団法人 全日本鍼灸学会 学術研究部 安全性委員会

Update 2018-10-18

鍼灸の安全対策サイト

Safety measures for acupuncture and moxibustion

鍼灸の安全対策の基礎

総論

医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む事故です。なお、医療事故は医療従事者の過誤、過失の有無を問いません。

1.死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合

2.患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合
3.患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合

参考
・厚生省. リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成委員会(2000): リスクマネージメントマニュアル作成指針.
医療安全対策検討会議(2002). 医療安全推進総合対策~医療事故を未然に防止するため~. 医療安全ハンドブック編集委員会(編). 医療安全管理の進め方. 東京: メジカルフレンド社; 2003: 53-87.

(公社)全日本鍼灸学会 学術研究部 安全性委員会では、医薬品の臨床試験で用いられる定義を参考として、鍼灸における有害事象を「因果関係を問わず治療中または治療後に発生した好ましくない医学的事象」と定義しています。

参考
ICH Consensus Guideline. Integrated Addendum to ICH E6 (R1): Guideline for Good Clinical Practice E6 (R2). ICH Harmonised Guideline. 2016: 2-7.
・医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令. 最終改正平成24年12月28日厚生労働省令第161号. 2012.

有害事象は因果関係等から以下の4つに区分されます。

1.副作用(有害反応):意図せず生じた好ましくない生体反応

2.過誤:治療者あるいは治療院の過失、無知、故意などによって発生した事象

3.不可抗力による事故:天災など

4.治療や施術者の行為とは因果関係がない事象
 
参考
・山下仁. 東洋医学基礎講座 現代臨床鍼灸学概論4. 鍼灸の有害事象と安全性. 理療. 2010;40(2): 9-14.

 副作用は、鍼灸治療が正しく行われても一定の頻度で発生してしまうような生体反応であるため、基本的に発生をゼロにすることは困難ですが、刺激量の調節など工夫によって軽減することは可能です。一方、過誤は、教育や防止策の向上によって理論的には回避可能です。ただし、他の医療領域と同様に、様々な因子が関与することによって発生してしまうことがあります。

(公社)全日本鍼灸学会 学術研究部 安全性委員会では国内外の学術雑誌に掲載された鍼灸に関連する有害事象を定期的に全日本鍼灸学会雑誌上で総説(レビュー)しています。レビューでは、有害事象を以下のように分類しています。

鍼に関連する有害事象
 
 1.感染症 

 2.臓器損傷(気胸・血管傷害を含む)
 
 3.神経損傷
 
 4.
皮膚疾患 
 5.折鍼(埋没鍼を含む)・伏鍼・異物
 6.その他
 
※伏鍼とは体内に残留した鍼、異物とは臓器に迷入した伏鍼を核として生じた体内異物のことです。伏鍼の原因としては、折鍼や現在禁止されている埋没鍼(意図的な折鍼)が挙げられます。
 
灸に関連する有害事象
 
 1.熱傷
 
 2.灸痕の癌化
 
 3.その他

 
参考

・古瀬暢達,上原明仁,菅原正秋,山﨑寿也,新原寿志,山下仁.鍼灸安全性関連文献レビュー20122015年.全日本鍼灸学会雑誌.2017;67(1):29-47.
・古瀬暢達, 山下仁, 増山祥子, 江川雅人, 楳田高士. 鍼灸安全性関連文献レビュー2007~2011年. 全日鍼灸会誌. 2013;63(2):100-14.

・山下仁, 楳田高士, 形井 秀一, 石崎 直人, 江川 雅人, 箕輪政博, 畠山 博式, 古屋 英治, 半田美香子, 宮本俊和. より安全な鍼灸臨床のためのアイデア(2) 有害事象報告論文(2003-2006)および指サック・グローブ装着に関する議論. 全日鍼灸会誌. 2008;58(2):179-194.

・山下仁, 江川雅人, 楳田高士, 宮本俊和, 石崎直人, 形井秀一. 国内で発生した鍼灸有害事象に関する文献情報の更新(1998~2002年)及び鍼治療における感染制御に関する議論. 全日鍼灸会誌. 2004;54(1):55-64.

※1998年以前のデータは分野別に2001年発行雑誌に記載されています。

鍼灸の副作用は全身性と局所性に大別されます
。
1.全身性:疲労感、倦怠感、眠気、主訴の悪化、めまい、ふらつき、気分不良、嘔気、頭痛など
 
2.局所性:微量の出血、刺鍼時痛、皮下出血、施術後の刺鍼部痛、皮下出血など

 
Yamashitaらの調査では、鍼治療において頻繁に遭遇する副作用のほとんどは軽症であることが確認されています。ただし、この調査は外来患者を対象とした調査データであるため、重篤な疾患で入院している患者さんや手術直後などの場合に起きる副作用の種類と頻度については不明です。
 
参考
・Yamashita H, Tsukayama H, Hori N, Kimura T, Tanno Y. Incidence of adverse reactions associated with acupuncture. J Altern Complement Med. 2000;6(4):345-50.

以下の3つの理由により、単純に文献の数が多い少ないという視点で議論するのは不適切です。
 
1.因果関係が不明である
 
2.総数が不明である
 
3.出版バイアスが存在する

 
鍼灸の有害事象の増減を単純に文献数で判断することは適切ではありません。
有害事象とは「因果関係を問わず治療中または治療後に発生した好ましくない医学的事象」と定義されています。このため、収集される文献においては、必ずしも因果関係が証明されているわけではありません。
また、著者の多くは医師であり、施術の状況(使用鍼・施術部位)や使用器具設備などの詳細な記載がない場合がほとんどで、文献の記載だけでは因果関係の判断は困難です。文献の総説(レビュー)での数字はあくまで学術論文として報告された数であり氷山の一角です。実際の臨床現場で起こっている総数や頻度は不明であり、報告されていない事例が相当数あることも予想されます。
また、珍しい症例や重篤な症例が学術雑誌に掲載されやすいという「出版バイアス」が論文数に影響しています。逆にありふれた軽症の事例で論文化する意味がないと判断されれば数字として表れません。

「鍼灸による有害事象」は鍼灸と有害事象の因果関係が明らかな場合にのみ使用すべきで、鍼灸と有害事象の因果関係が必ずしも明確でなく、他の因子の関与も否定できない場合には「鍼灸に関連した有害事象」あるいは「鍼灸治療後に生じた有害事象」と記載することが適切と考えられます。有害事象関連の論文を読む場合、あるいは執筆する場合には注意が必要です。