公益社団法人 全日本鍼灸学会 学術研究部 安全性委員会

Update 2018-10-18

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Safety measures for acupuncture and moxibustion

局所解剖Q&A

頚部

・前頚上部では、総頚動脈・内頚静脈・交感神経節などを損傷する可能性があります。
・以下の報告があります。
1.人迎穴への刺鍼で、総頚動脈刺は38例中4例であった(松岡, 1986)。
2.頚動脈洞は、舌骨とほぼ同じ高さで、深さは35.4mm(松岡, 1986)、29.8mmであった(佐海, 1987)。
3.乳様突起下端の30mm下方で頚椎横突起に向けて水平方向に刺鍼した場合、上頚神経節刺は26例中16例(61.5%)、内頚静脈刺は19例(73.1%)、内頚動脈刺は14例(53.8%)、外頚動脈刺は4例(15.4%)であった。
4.舌骨外端から頚椎横突起へ向けて上方45°・外方15°へ刺鍼した場合、上頚神経節刺は12例(46.2%)、内頚静脈刺は0例(0%)、内頚動脈刺は3例(11.5%)、外頚動脈刺は1例(3.8%)であった(森, 1996)。
・深度値は文献記載の最小値もしくは(平均値−標準偏差)の数値で表示

・前頚下部(鎖骨上部)では、鎖骨下動脈・腕神経叢・胸膜頂(肺)などを損傷する可能性があります。以下の報告があります。
1.天突穴の外方15mm・上方25mmの点から前額面にほぼ垂直方向に刺鍼した場合、38例中8例(21.0%)が星状神経節刺となった(尾崎, 1987)。神経節到達前に、8例中2例(25.0%)で鎖骨下動脈に、8例中6例(75.0%)で椎骨動脈に、8例中7例(87.5%)で胸膜頂に貫通がみられた。神経節までの深度は平均38.8mmであった。
2.胸膜頂の位置は、最大で天突穴外方58mm・上方49mmの範囲に存在した。気舎穴はほぼ全例で胸膜頂投影域に重なり、缺盆穴では矢状面方向では重ならないが、深部で腕神経叢と重なった(上島, 1989&94)。
3.缺盆穴を体表面に垂直方向に解剖した場合、深度20~25mmで鎖骨下動脈、35mmで胸膜上膜が確認された(白石, 2010)。
・深度値は文献記載の最小値もしくは(平均値−標準偏差)の数値で表示

・椎骨動脈・脳硬膜(延髄)などを損傷する可能性があります。以下の報告があります。
1.遺体4例の調査では、脳硬膜までの深さは、瘂門穴で50mm、天柱穴で51mm、風池穴で49mmとの報告があります。また、椎骨動脈(風池)、後頭動脈(完骨)、外頚動脈・顎動脈(翳風)を損傷する可能性があります(松岡, 1989)。
2.刺鍼が引き起こすと思われる危険な臓器と体表の距離は、風府穴で42.2mm、瘂門穴で40.4mm、3.風池穴で40.6mmとの報告があります(厳, 1997)。
・深度値は文献記載の最小値もしくは(平均値−標準偏差)の数値で表示

胸部

・胸部の足少陰腎経・足陽明胃経の所属穴は深度10mm以内で壁側胸膜に達する可能性があります(張, 1998)。
・神蔵穴を体表面の垂直方向に解剖した場合、深度7mmで肋骨が確認できたとの報告があります(白石, 2010)。

・腕神経叢や動脈を損傷する可能性があります。以下の報告があります。
1.中府穴では体表から20mmで腕神経叢に達した(沢井, 1991)。
2.中府穴を体表面に垂直方向に解剖した場合、深度15mmで腕神経叢が確認された(白石, 2010)。
3.兪府穴に直刺した場合、深部には鎖骨下静脈が存在し、危険深度は19.9mmであり、気戸穴では4.深部に腕神経叢と腋窩動脈が存在し、その危険深度は19.4mmであった(厳, 2011)。
・深度値は文献記載の最小値もしくは(平均値−標準偏差)の数値で表示

・胸骨裂孔が存在する場合、心膜を損傷する可能性があります。以下の報告があります。
1.先天性胸骨破裂の頻度は、男性で0.4%、女性で0.7%であった(竹中, 1954)。また、2.5%の頻度で出現した(山口, 1981)。
2.胸骨裂孔の出現は51例中1例であり、裂孔は固い結合組織で埋められていたため体表からの触診で裂孔を思わせる陥凹は触知できなかった(尾崎, 2000)。また、体表-胸骨後面間距離は11mmであった。
3.膻中穴を体表面に垂直方向に解剖した場合、深度9mmで胸骨が確認された(白石, 2010)。
・深度値は文献記載の最小値もしくは(平均値−標準偏差)の数値で表示

背部

・胸膜(肺)を損傷する可能性があります。以下の報告があります。
1.体表-壁側胸膜間距離は、附分穴で36mm、魄戸穴で33mmであった(沢井, 1991)。
2.体表-壁側胸膜間距離は、神堂穴・譩譆穴で27mm、膈関穴で25mm、魂門穴で36mmであった(椎野, 1993)。
3.健康学生の膏肓穴での体表-壁側胸膜間距離の最小値は14mm、肋骨の厚さは8.8mmであった(尾崎, 2002)。
4.生体187例の胸壁厚は、膏肓穴相当部位で22.2mm、譩譆穴相当部位で16.9mm、膈関穴および魂門穴相当部位で15.3mmであった(林, 2011)。
・深度値は文献記載の最小値もしくは(平均値−標準偏差)の数値で表示

刺鍼上の注意

・一般的な毫鍼では、皮下組織内への刺入となります。

    肩 部   肩甲骨下角部   背 部    全身平均 

 表 皮

0.102 mm 0.14 mm 0.135 mm

真 皮

1.95 mm 2.50 mm  1.595 mm

 皮膚全層 

5〜9 mm 5〜11 mm
4〜11 mm
5〜9 mm

 注意:皮下組織は皮下脂肪を含む。全身の平均は手掌と足底を除く。

・意図した深度に正確に刺鍼するのは難しいようです。以下の報告があります。
1.右膏肓穴に直径16mmのビー玉を貼付けて仰臥位でCT撮影したところ、皮膚-肋骨内側間距離は左側が33mmに対して右側は16mmであり、押手圧によって安全な刺鍼深度が短縮することが示された。
2.鍼灸師および鍼灸学生に足三里穴へ10mmおよび20mm刺鍼させたところ、10mmを目標としたときはそれより深く刺鍼する傾向が認められた。視覚障害者と晴眼者を比較しても差は認められなかった。臨床経験年数が長くなっても正確な深度で刺鍼できる者の割合は増えなかった(山下 2004)。

・人体の層構造を理解する必要があると考えます。
1.安全刺入深度の計算公式「安全な刺入深度=危険な刺入深度の平均値×80%」(厳, 1997)
2.養成学校で学ぶ系統解剖学的知識のみでは、鍼灸臨床の安全性を担保できません。局所解剖学・層次解剖学的な知識が必要です。しかしながら、その一方で、基礎となる(経穴)局所解剖学の研究は不十分であり、今後の知見集積が課題とされています。
3.深刺による鍼灸による有害事象を防止するためにはどうすれば良いでしょうか?
4.刺鍼深度を正確に把握することは困難であることから、物理的に深刺できない長さの鍼を部位に応じて使い分けることが、深刺による医療事故を防止する第一歩です。
5.受療者の性別、年齢、体格によって個体差が大きい。最も皮下構造物までの距離が近いのは「小柄・高齢者・痩せ型」の受療者です。系統解剖学のみならず、局所解剖学や層次解剖学を理解することが必要であるが、その一方で、基礎となる(経穴)局所解剖学の研究は不十分であり、今後の知見集積が課題とされています。

 

参考文献

・松岡憲二. 人迎穴の解剖学的部位について(Ⅰ) ー人迎穴と内・外頸動脈分岐部の位置関係ー. 全日鍼灸会誌. 1986;36(2):119-24.
・左海隆生. 人迎穴の解剖学的部位について(Ⅱ) ー洞剌と内外頸動脈分岐部の位置ー. 全日鍼灸会誌. 1987;37(4):260-7.
・森俊豪. 上頸神経節への刺鍼方法の解剖学的検討. 全日鍼灸会誌. 1996;46(2):70-9.
・尾崎朋文. 星状神経節刺針の解剖学的検討. 全日鍼灸会誌. 1987;37(4):268-78.
・上島幸枝. 頸部における胸膜頂の体表投影部位に関する解剖学的研究. 全日鍼灸会誌. 1989;39(2):212-20.
・上島幸枝. 頸部における胸膜頂の体表投影部位に関する解剖学的研究(第Ⅱ報). 全日鍼灸会誌. 1994;44(4):317-28.
・白石尚基, 上原 明仁. 臨床経穴局所解剖学カラーアトラス. 初版. 東京:文光堂;2010.
・松岡憲二. 後頸部諸経穴への刺鍼に関する解剖学的考察. 全日鍼灸会誌. 1989;39(2):195-202.
・厳振国. 頭頚部の危険経穴における刺針安全深度の研究(第1報). 全日鍼灸会誌. 1997;47(3):191-5.
・張. 1998.
・沢井勝三. 鍼灸医学の立場から見た人体横断解剖(1). 全日鍼灸会誌. 1991;41(3):271-80.
・厳振国, 高橋研一, 吉備登, 他. 危険経穴の断面解剖アトラス. 初版. 東京:医歯薬出版;2011.
・竹中. 1954.
・山口. 1981.
・尾崎朋文. 膻中穴刺鍼の安全深度の検討(1). 全日鍼灸会誌. 2000;50(1):103-10.
・椎野瑞穂. 鍼灸医学の立場から見た人体横断解剖(2). 全日鍼灸会誌. 1993;43(3):125-34.
・尾崎朋文. 膏肓穴刺鍼の安全深度の検討-遺体解剖、および生体での臨床所見とCT画像における検討-. 全日鍼灸会誌. 2002;52(4):413-20.
・林智成. 胸部CTによる背部危険刺鍼深度の検討 ー臨床的有害事象を回避するためにー. 全日鍼灸会誌. 2011;61(4):411-9.
・平山英夫. 日本人皮膚の組織学的構造、特に計測的研究. 日本医科大学雑誌. 1961;28(5):1261-76.
・矢ケ崎信子. 日本人の皮下脂肪厚の記述疫学的研究. 民族衛生. 1989;55(2):100-12.
・湯浅景元. 超音波法による皮下脂肪厚分布パターン. 体力科学. 1987;36:36-41.
・丸山康子. 超音波法による日本人青年の皮下脂肪分布の性差. The Annals of physiological anthropology. 1991;10(1):61-70.
・山下仁. 鍼灸安全性に関する既存のエビデンス(1)Ⅵ.安全な刺鍼深度. 全日鍼灸会誌. 2004;54(5):735-8.